数年前に就職活動をしていたときに、この神社の前を通って、
「随分大きな鳥居だなぁ」と、その鳥居の横の看板を読んでみると
昔からある立派な神社のように思えたため、中を見てみたいなぁ、と思っていたのです。
「随分大きな鳥居だなぁ」と、その鳥居の横の看板を読んでみると
昔からある立派な神社のように思えたため、中を見てみたいなぁ、と思っていたのです。
この神社は、江戸時代以前に、江戸城を築城した際に江戸城を築城した太田氏という人が
川越の無量寿寺の鎮守である日吉社を勧請したのが始まり、とのことで、
その後、徳川家康が江戸を日本の中心に移した際に、「江戸城の鎮守」とした、らしいです。
川越の無量寿寺の鎮守である日吉社を勧請したのが始まり、とのことで、
その後、徳川家康が江戸を日本の中心に移した際に、「江戸城の鎮守」とした、らしいです。
現に住所も千代田区永田町ですし、日本のど真ん中にある気はします。
そのため、徳川ゆかりの国宝や重要文化財を所蔵しているそうです。
デジカメを持ってきてなかったので、写真などはないのですが、
そんなにものすごく大きな神社というわけではなかったようです。境内は広くはありませんでした。
ただ、竹が連なってあったり、本殿も緑の屋根で、赤い柱。風情はあると思います。
外国人観光客が数人いて、写真を撮っていました。
そんなにものすごく大きな神社というわけではなかったようです。境内は広くはありませんでした。
ただ、竹が連なってあったり、本殿も緑の屋根で、赤い柱。風情はあると思います。
外国人観光客が数人いて、写真を撮っていました。
お賽銭をして、大きな鈴を思い切り鳴らして、ニ拝 ニ拍手 一拝 しておきました。
ああいうときって、何をお祈りするんでしょうね、
いつもわからなくてとりあえず家族の無事を拝んでおいていますが。
いつもわからなくてとりあえず家族の無事を拝んでおいていますが。
で、おみくじも引いておきました。“吉”でした。
その内容は、
自己の責任は自分でとる。・・・(省略)・・・
自らひらく道こそ神は照覧し、世間も尊敬を払ってくれる。
ちょうど今、自分で道を切り開いているところなので、その私には結構重いですね、仰るとおりで納得します。
その内容は、
自己の責任は自分でとる。・・・(省略)・・・
自らひらく道こそ神は照覧し、世間も尊敬を払ってくれる。
ちょうど今、自分で道を切り開いているところなので、その私には結構重いですね、仰るとおりで納得します。
がんばります。。