リフレッシュの時間

自分の思いつくままに、好きなことを書いています

信じるということ

怒濤の日々。
娘の0歳児から2歳児まで通っていた小規模保育の保育園で、3月末に卒園式があり、今日、4月から通う認可保育園での入園式があった。

もともと人見知りの激しい娘は、知らない人がいるだけで硬直してしまうのだが、とにかく、催しものや行事は彼女にとって最悪なのだ。緊張で思考停止のパニックに陥る。知らない人たちの集団、園児たちの親御さんたちが怖くてたまらないのだ。

今日の入園式も頑張っていたのだが、集合写真を撮るところでもうパニックに陥ってしまった。写真を撮るどころの話じゃない。号泣して、私が手で押さえようとするのを振り払って、私の後ろに隠れる。

卒園式もそうだったけど、そんな娘の親の私と夫も不安になる。
「なんで、うちの子だけこんなふうになるの?」
いつも自問自答する。
「育て方がまちがっていたの?」
「まちがっていたとしたら、どこで?何が悪かったの?」
答えは出ない。そんな簡単な問題ではないのだ。こうしたらこんなふうな子どもに育つとか、そんなシンプルな話ではない。

以前通っていた小規模保育の保育園の先生に相談すると、いつも
「大丈夫。今だけだから。必ずできるようになるから。」
どんなときも、娘を優しく温かい眼差しで見守る。

今日は、その卒園したばかりの小規模保育園に、立ち寄ってみた。先生方は温かく出迎えてくれて、一緒に遊んでくれた。娘が遊びに夢中になっているときに今日の入園式の様子を話すと、
「大丈夫ですよ」
という返事が返ってくる。
私は、娘の将来を思って不安に感じるんだけど、ここの先生方はひたすら子どものことを信じている。
大丈夫、いつかできるようになる。

しっかりしなさい!とか、泣くな!とか、そんなふうに子どもの意思と反して感情を押さえつけても悪循環であることはわかっているから、そんなことはしないけど、でも、ときどき信じられなくなる。
入園式の緊張やパニックの余波で精神的に不安定になり、家でも不合理な要求を私に突きつけて暴れる娘を、めちゃくちゃ怒鳴りたくなる。コントロールしようとしたくなるけど、それは違う。
本当は、抱き締めることが正解なんだけど、荒れ狂う娘に、失望感とか不安とかがいっぱいの私と夫は、すぐにその場でその解に気づくことができない。頭の中は「なんで?なんで?」という疑問符ばかりなのだ。

信じることって難しい。