リフレッシュの時間

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『その土曜日、7時58分』

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原題:BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD  
製作年度:2007年 製作国:アメリカ 上映時間:117分
監督:シドニー・ルメット
出演:フィリップ・シーモア・ホフマンイーサン・ホークマリサ・トメイアルバート・フィニー
    ブライアン・F・オバーン、ローズマリー・ハリスマイケル・シャノンエイミー・ライアン
    サラ・リヴィングストン、アレクサ・パラディノ
 
フィリップ・シーモア・ホフマンはこのところ気になっている俳優で、そのフィリップ・シーモア・ホフマンと、
好きなイーサン・ホークの共演なので、以前から気になっていた作品です。
 
イーサン・ホークの熱演も感動ものだったが、フィリップ・シーモア・ホフマンが迫真の演技でした。
 


大手不動産会社に勤め、特に経済的に不自由ない生活をしているアンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)。
同じ会社には、頭が悪く気が弱いが、やさしい心を持つ憎めない弟ハンク(イーサン・ホーク)がいる。ハンクには子どもがいるが、妻に三下り半を突き付けられたのか別居しており、常に養育費の請求で怒鳴られている。
 
アンディは、この頭が良くないハンクをうまく騙して、自分の父母が営む宝石店を襲わせる計画を実行させる。
 
父母の宝石店は、店に老人が一人いるだけの郊外の小さな宝石店で、
宝石すべてに保険が掛けられており、アンディの計画では失敗することなど考えられなかった。
 
ところが、とんでもない結果に終わった。
計画は失敗に終わったばかりか、宝石店を襲った強盗に母が撃たれ、意識が戻らない重体となったのだった。
 
そもそもアンディはなぜ、強盗する店として自分の父母の築いた宝石店を選んだのか・・・。
 
話が展開するにつれて、その理由が徐々に明らかになっていく。
 
アンディは、家族、特に父親に対して恨みに近い感情を抱いていた。
母の死がきっかけとなり、父チャールズはアンディに過去の過ちを詫びたときに、「お前のことを愛している」と言ったことを、アンディは「今頃詫びるなど卑怯だ」と激怒し、父を許すことができなかった。
 
父との確執、小さい頃から家族の中で仲間外れだと思い続けてきた疎外感が彼を悪魔と化したのか。
彼が強盗に父母の店を選んだのは、忌々しい過去の制裁のためなのだと思う。
 
アホな弟をうまく騙して、お金を手に入れ、宝石店も後から保険金が入るので実損は生じないし、
父が落胆するのを見るだけだ、そんな軽い気持ちで起こした犯罪で、最低最悪の事態が生じ、
お金が手に入るどころか、母は死に、自分の身に危険が生じ、弟のハンクにも次から次へと災難が降りかかる。
 


堕ちるときは、坂を転げるかのように瞬く間に堕ちてしまう。
その様子を見ていて、いつの間にか傍観者としてではなく、
まるで自分の身に降りかかっているかのような恐怖を感じた。
 
観ている側としては弟のハンクの心境そのもので、ハンクはもはや悪魔と化した兄に怯えるばかり。
ハンクは「殺す必要なんてないだろ」と怯えながらも訴えるのだが、アンディは耳も貸さない。
 
この映画で、私にとって最も衝撃的な場面は、
アンディが、ハンクを恐喝する者を殺し、罪のない赤ん坊を抱えたその妹クリスまでも殺そうとした場面だ。
ハンクが「彼女は殺すな!」「彼女を殺すなら自分を殺せ!」と言った時に、
アンディは何のためらいもなくハンクの頭に銃を向けた。
 
そのときのイーサン・ホークの演技は見事だった。
悲しくも、兄に殺されることを受け入れた表情だった。
 
アンディは、ハンクのセリフに対し「そのほうがいい」と答え、弟の頭に向けた銃の引き金を引きかけた。
弟を殺す鬼気迫るフィリップ・シーモア・ホフマンの演技。
 
こんなことがあっていいのか、と涙が出そうになった。
 


酷い話だった。
兄は、小さい頃から、自分はぞんざいに扱われ、対照的に弟はかわいがられてきたことを恨みに思っていた。
 
「あいつは顔かたちがかわいいからだろ」と父に言っても、
父は、「あの子はまだ赤ん坊なんだよ」「長男とはそういう目に遭うものというだろ」
と答える。
 
確かに、イーサン演じるハンクは、馬鹿なんだけど憎めない純粋無垢なところがあって、親の言い分はわかる気がした。しかし、兄としては、そんな理由では、納得がいかない気持ちも十分わかる。
 
子どもの頃から味わってきた孤独感や疎外感は、アンディを、歪んだ性格にしてしまった原因の一つだと思う。
 
アンディは、自分自身について、こうコメントしていた。
アンディは麻薬中毒で、定期的にドラッグを注射してもらっているのだが、その恍惚状態のときに、
「不動産会社の会計は非常にシンプルで、パーツを足したものがその全体になっているのに、
 自分の場合は、パーツを足したのが自分になっていない。」 とつぶやいていた。
 


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弟のハンクについては、話にならないほどの馬鹿だったと思う。さすがに物事の善悪の判断はついていると思うのだが、完全に兄の言いなりで、兄が自分たちの父母の店を襲うと言ったときだって、止めることは十分できたはずなのに、兄に「やめるなんて遅すぎるんだよ!」と高圧的に言われると反抗することができなかった。
 
兄がハンクを完全に見下しているのも理解できなくはない。でも、アンディにとっては唯一の弟なのになぁ。
 
 
 
アンディの暴走をハンクは全く止めることができず、むしろ加担させられ、自身も殺人に関与した犯罪者になってしまった。愚かであるがゆえに、悪の道へと道連れされることを避けられなかったということなのか。
哀れというより、ここまでの愚か者は罪であるとさえ感じられた。
 


始終暗く、陰鬱な空気の作品であったが、
それぞれの登場人物の心理描写が細やかに表現されていて、考えさせられる内容だった。
この兄弟を育てた父であるチャールズ(アルバート・フィニー)やアンディの妻ジーナ(マリサ・トメイ)の心理描写も事細かに映されていた。
家族の在り方や、育児の在り方についても考えさせられたけど、アンディが恨みに思うほどの育てられ方についての説明が無かったので、なぜアンディをここまで自暴自棄にさせたのかの理由が明確にはわからなくて、少しもどかしい思いが残った。
とにかく、俳優陣の迫真の演技が見どころだと思う。フィリップ・シーモア・ホフマンが圧倒的な存在感だが、そのフィリップ・シーモア・ホフマンを筆頭に、イーサン・ホークマリサ・トメイアルバート・フィニー演技派俳優たちの見事な演技で、強烈な印象を残す作品に仕上がっていると思いました。