リフレッシュの時間

自分の思いつくままに、好きなことを書いています

今考えていること

政府が目標と掲げている、人との接触80%減少を懸命に遂行して、自分自身については90%以上は減少を達成できていると思うのだが、その代償なのか、人間不信に陥りそうになってきている。

自分の時間は失われ、日本全体で一丸となってコロナを抑え込もうとしているのに意識の低い人々がいたり、両親共働き家庭にもかかわらず、まだ通わせたこともない学校から多数の課題が課され、この不安定な状況で自分も含め学校も行政も皆混乱している。以前は受け入れられていた多様性が、今では受け入れられないかのような、それぞれが独りよがりになってきているようにさえ感じる。

 

5月末までに延長された緊急事態宣言だが、必ず5月末で終わらせてほしい。もちろん、コロナの感染拡大状況による、という理想論はわかるのだが、そもそもが中途半端なやり方だから、真面目に取り組んでいる方にはただただ苦痛でしかない。真面目に取り組んでいても、一部の人が意識が低く感染拡大させていたら、また延長するのかもしれない。そこにヤキモキするのさえ嫌だ。こんな感情は、コロナ前には無かった。そもそも、他人と自分を比較しないように生活していたからだ。

他人と自分を比較することは百害あって一利無しだ。そう思って生活してきた。

しかし、今の、国全体の取り組み、目標を掲げられている状況では、比較したくなくても比較せざるをえない事柄が多数出てきている。

だから、こんな不安定な状況は嫌なので、必ず5月末までに終わらせてほしいと思っている。終わった後にすぐ正常化するはずもないが。

 

それぞれがそれぞれストレスを抱えている。これによって、精神不安定になる人も多数いるだろう。

コロナを収束させるためということ以上に、人々の混乱を収束させるために、失った日常を取り戻し始めれば混乱も少しは収束し始めるのではと思うからだ。

すべてはコロナのせいなのか。政府のせいなのか。不条理な出来事に対する人々の感情の行き場が無く、それで何かその憤りや不安の矛先としてもっともらしい対象を見つけてその対象を叩いているのに過ぎないのかもしれない。

報道で言われているように、コロナの前と後で世界が変わるかもしれない。価値観も何もかも変わるのかもしれない。

自分自身のものの考え方についても、変化が生じる、というより、変化させる必要がある。

既成概念に捉われない柔軟性が、すべてにおいて必要だ。今まで「こうでなければいけない」と、まるでルールかのように思っていた事項について、それが本当に必要なルールなのか再考する機会だ。

それに、普段の生活や、自分の思考や習慣の癖についても見直すいい機会かもしれない。

 

あと3週間・・・、この間に自分が変われるか・・・。